大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和42年(行ク)4号 決定 1967年7月16日

申立人 柳[木貞]烈

被申立人 札幌入国管理事務所主任審査官

主文

被申立人が申立人に対し発付した昭和四二年三月七日付退去強制令書にもとづく執行は、本案判決が確定するまでこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

申立人訴訟代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として主張するところは、要旨次のとおりである。

一  申立人は本件退去強制令書発付処分が違法であるとしてその取消を求める本案訴訟を提起したが、申立人は、昭和四二年四月一七日右処分の告知を受け、同日札幌入国管理事務所に収容され、即日仮放免されたところ、右仮放免の期間は同年七月一七日午前一一時をもつて満了し、その期間の更新の可能性も極めて少ないので、右期間満了と共に右令書にもとづく執行がされるおそれがある。

二  ところで、申立人が右令書にもとづく執行により収容された場合には、申立人の身体の自由を拘束されるため、申立人の妻渋谷キシ(日本人)長女柳純子(一二才)の家族との家庭生活は破壊され、また申立人の事業の経営維持は不可能になり、本案訴訟の追行にいちぢるしい支障を生ずることになる。のみならず右執行により強制送還されたのでは、本案訴訟の追行自体が不可能となり、もしかりに本案訴訟で勝訴の確定判決をえても、実際上申立人の救済の可能性は全くなくなる。

三  以上のとおりであるから本件令書にもとづく執行によつて申立人に生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるので、本件申立に及ぶ。

一件記録によれば、右申立理由は疎明されたものと認められる。

ところで、

一  被申立人は「申立人は外国人であつて、出入国管理令第二四条第四号に該当する事実があるから、被申立人の退去強制処分は正当であり、本申立は行政事件訴訟法第二五条第三項にいう本案について理由がないとみえる場合に該当する。」旨意見を述べる。

しかしながら、出入国管理令第二四条によれば同条各号の一に該当する外国人については同令第五章所定の手続により退去強制処分という重大な不利益処分が課されることになつているのであるから、被申立人挙示の条項は、右処分との対応関係において解釈すべきものである。

しかるときは、被申立人の所為が右条項に該当するか否かを判断するに当つては、行為の具体的態様を仔細に検討し、かつまた右条項の構成要件の予定する行為類型と対比し、慎重な考察を要するところであるから、本件全疎明資料によるも、未だもつて申立人につき右条項所定の構成要件に該当する事実の疎明ありということはできない。

したがつて、本件申立が本案につき理由がないとみえる場合に該当するとは認められない。

二  被申立人は、「本件退去強制処分の執行として強制送還がなされた場合はともかくとして、右処分の執行が強制収容に止まる場合には、右収容が単に申立人の身体の自由を拘束するにすぎないものである以上、これによつてこうむる申立人の損害は送還の場合に比し軽微であり、仮に本件退去強制処分が違法として取消されても、その間の収容による損害は別の救済方法によつて回復は容易であるから、強制収容まで停止させる必要性はない。」旨意見を述べる。

しかしながら、行政事件訴訟法第二五条第二項にいう「回復困難な損害」とは、社会通念上回復が容易でないと考えられる程度の損害であれば足りるものと解するのが相当であり、疎明によれば強制送還された場合はもとより、強制収容のみによつても、申立人が身体の拘束によつて肉体的精神的に多大の苦痛を蒙るのみならず、申立人の家庭生活は破壊され、申立人のパチンコ機械販売事業の継続が極めて困難な状態となり、申立人がその経済的基盤を喪失するに至るものと認められ、右損害は同法第二五条第二項所定の「回復し難い損害」に該当するものと認められる。

よつて、行政事件訴訟法第二五条第二項、同法第七条、民事訴訟法第八九条により、主文のとおり決定する。

(裁判官 柳川俊一 松原直幹 黒木俊郎)

(別紙)

意見書

意見の趣旨

本件申立はこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

との裁判をなすべきものと思料する。

理由

第一、本件退去強制令書が執行されるまでの経緯

申立人は、西暦一九二〇(大正九)年三月一二日、朝鮮慶尚南道山清郡安面新安里において、本籍地を朝鮮に有する者を両親(父柳震傑、母権性女の長男)として出生し、終戦前から引き続き日本国に在住しているものであるところ、昭和四一年四月二八日神戸簡易裁判所において略式手続により出入国管理令違反幇助の罪で、罰金五万円の刑に処せられた。(疎乙第一号証。なお、柳乎烈は、昭和四一年八月三〇日神戸地裁において、出入国管理令違反、外国人登録法違反により懲役八月執行猶予三年の判決の言渡を受け、本年初頭本邦を強制退去させられた。)

右裁判の認定事実は「被告人は、昭和三九年四月頃韓国に居住する実弟柳乎烈から本邦へ不法入国したいとの希望を打明けられたので、其の頃同人に対し、札幌市内から半紙を出し不法入国の方法について、緯国釜山市に居住する兪道三の指図、援助によるべき旨を通知すると共に、柳乎烈の渡航費を負担し、同人をして同年九月上旬頃浦項港より韓国船第十三東一号に船員として乗込ましめて神戸港に入港させ、同港に碇泊中の同月一二日頃入国審査官の上陸許可を受けないで同人を本邦に上陸させ、もつて柳乎烈の右犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。」というにある。

ところで、右略式命令により以後申立人について、退去強制該当容疑者として審査手続が開始され、札幌入国管理事務所入国審査官は、昭和四一年一一月七日に、申立人が出入国管理令第二四条四号ルに該当することを認定した。申立人は即時この認定に対し同事務所特別審理官に口頭審理を請求したが、同審理官は右認定に誤りがない旨の判定をした。申立人は右同日法務大臣に異議の申出を行なつたが、法務大臣は同四二年三月三日付をもつて、右異議の申出は理由がない旨の裁決をした。同事務所主任審査官は、同令四九条第五項に則り、同年四月一七日申立人に対し右裁決結果を告知するとともに、本件退去強制令書を提示してこの執行に入つたが、同人の請求により財産および身辺等整理を理由に、同日仮放免(期間、同年五月一七日午前一一時まで)し、以後再度にわたる仮放免期間の延長(期間、同年六月一六日午前一一時までおよび同年七月一七日午前一一時まで)を経て今日に至つている。

第二、本件申立は、左に述べるように、「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法第二五条第三項)に当るので却下を免れない。

一、申立人は、本件退去強制令書の発付処分の違法理由として、昭和二七年法律第一二六号該当者に対しては、そもそも出入国管理令の適用は排除されると主張している(別紙請求原因第三)が、はなはだしい謬見というの外ない。すなわち、同法第二条第六項にいう「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日(昭和二七年四月二八日)において日本の国籍を離脱する者(平和条約第二条)」として朝鮮人・台湾人は以後新たに外国人となり(なお、出入国管理令第二条第二号が現行「外国人、日本の国籍を有しない者をいう。」のように改正されたのは右条約発効と同時施行の本件前記法律一二六号によつてである。)、すべて同管理令の対象となつたが、戦前からの特殊事情を考慮し、一律に同令を実施することを避けるため、そのうち、わが国が降服文書に調印した昭和二〇年九月以前から、引き続き本邦に在留する者について同令第二二条の二第一項(在留期間の制限)の特則を設けて、引き続き「在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」ことを認めたものであつて、右条項の規定自体から明らかなように、あくまで同令第二二条の二第一項の特則たるにとどまり、同令全般の、まして同令第二四条四号(強制退去)の適用を排除せんとする法意では全くありえない。従つて、本件法律第一二六号該当者といえども管理令第二四条四号の対象となるものであり、申立人の主張は理由ない。

二、次に申立人は、出入国管理令第二四条四号ルの「助けた者」の解釈に当り、「不法入国幇助を業とするか、これにより利得をえることを目的とする者」とし、あるいは、一定の身分関係者間における場合の同号の不適用を強調される(請求原因第四)が、同号にかかる特別の制限を加うべき実体法上の根拠が存しないばかりか、同条四号の規定全体を詳かにみれば、その目的とする保護法益の如何により、判決の有無、刑の軽重、執行猶予の有無等を基礎に取扱いを区々にしているのであつて(たとえば、麻薬取締関係の法律違反については、その重大な反社会性から、有罪判決を要件としているが、その体刑・財産刑および実刑・執行猶予ないしは身分関係の如何による区分を認めない。)、本件ルについては、不法入国等を助長するような行為は、出入国の公正な管理の根本目的に反し、外国人の入国許可についての国家権能に該る重大な国家利益を害するものであるから、かかる類型を重視してかくの如く特別に規定している趣旨が明らかであることに徴しても、右ルは、身分関係ないしは動機・情状の如何にかかわらず不法入国等を「助ける」(これを容易にするため協力する)行為を対象としていること明らかであつて、この点についての解釈上の誤りは存しない。

三、更に申立人は、本件令書発付および前記裁決はいづれも裁量権を濫用した違法処分であると主張している(請求原因第五)が、そもそも、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、退去強制令書を発付すること義務づけられており(出入国管理令四九条五項)、そこに発付するか否かの裁量権を有するものではなく、ただ、右令書の発付に先行する法務大臣に対する異議の申出において、法務大臣は同令第五〇条により異議の申出が理由がないと認めるときにも、なお、在留を特別に許可する裁量権を与えられていることは照らすと、申立人の主張のうち本件令書の発付については、法務大臣の申立人に関する異議を理由なしとした裁決に右裁量権の濫用があるので、それに引き続く本件処分も違法であるという趣旨と解される。

しかして、法務大臣が同令第五〇条により行なう在留の特別の許可は、恩恵的なものであつて、法務大臣の自由な裁量に任されているところである(最高裁、昭和三四年一一月一〇日判決、民集一三巻一二号、一四九三頁。)。

そこで、申立人の行為が前記のようなものであり、また、申立人の経歴および家族関係が仮りにすべて申立人の主張するとおりだとして、在日朝鮮人の特殊な地位を考慮しても、法務大臣が申立人に在留の特別の許可を与えなかつたことには、何等、裁量権の濫用があるとはいえず、裁量権の濫用があることを理由とする違法の主張は、失当である。

更に、申立人の理由として掲げる、国際法、国内法違反の点については、その主張する世界人権宣言、平和条約前文、国際人権規約等の趣旨も、本件のように法律に基く適法な処分を禁ずるものではなく、また申立人は自己の行為の「単純・軽微・一回性」を強調しているが、前記略式命令にもあるように、(罰金刑としては、従犯減軽の結果最高の刑である。)むしろ積極的に出国準備の段階から詳細な指示・援助をしているのみならず、事は前記のように重大な国家利益に関する問題であつて、たとい一回限りの行為にせよ、その内包し、影響するところは決して軽視しえないところである(なお、申立人は、実弟の日本入国目的達成のため他に手段がないのでやむなく密航を援助したと言うが、当時同人が本国において正規の渡航手続をどの段階まで熱心に履践していたのかを明らかにする確証は全くないものである。)。

第三、申立人の生活関係等について

本件申立書の主張及び疎明では、専ら申立人の日本における生活環境の記載にとどまり、本国での生活関係に何等触れるところがないけれども、申立人は本国において昭和一五年(一九四〇年)八月一五日具斗洙と婚姻し、その後日時は明らかでないが同女と共に日本へ渡航して二児をもうけ、終戦後右妻子のみを帰国させて、その直後日本人妻渋谷キシと同棲し、更に同四〇年九月六日同女との婚姻届(疎甲第一、同乙第三号証)をして、一応本国における同女らとの関係が断たれたようではあるが、具斗洙は右届出以後も存命していて(同四一年一一月一四日死亡。従つて、この一年余重婚関係にあつたことになる。)申立人においてもこの間前記本国の二児に対し、正規の手続を経ずに金品を贈つたりしており(前掲乙第三号証)または申立人の実父柳震傑(七〇歳)はじめ前記実弟、実妹柳寅順等が本国に居住していることからみて、申立人は一面において、本国にもまた決して無視し得ない親密な生活ないし身分関係の存することがうかがわれるものである。

第四、必要性について

仮りに「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないとしても、少なくとも、本件申立については、本件令書の執行のうち送還を除いては、その執行を停止すべき緊急性は皆無であるといわねばならない。

一、申立人は昭和四一年七月二八日出入国管理令第二四条第四号ル該当容疑で収容令書により収容されたが、即日仮放免許可となり、爾後本件強制令書発付に至るまで仮放免されていたところ、仮放免の条件とされた出頭指定日(前月一回所定の日)を遵守したことは、当初の二回だけで、その後は正当な理由もないのに全く出頭せず、或いは指定日から著しく距つて出頭することが多く(疎乙第四号証の一、二)、更に入国警備官のなす申立人の所在調査に際し、申立人は家人にさえも行先を告げず外泊等をするため、その発見に困難を来たすことがしばしばあつた(疎乙第五号証の一、二)。従つて斯る事実からみれば申立人に対する本件退去令書の執行を全面停止する場合は、野放し状態となり、申立人が所在不明となる虞れは極めて強く、本件退去令書の執行不能という事態を惹起する蓋然性があるといわねばならない。

二、申立人が強制送還された場合は、万一本案訴訟で勝訴しても日本へ戻る途を断たれ、事実上回復困難な損害を蒙る可能性なしとしないが、強制収容のみに止る場合は、送還の場合と同視できない。即ち収容の執行(収容のための護送を含む)は単に申立人の身体の自由を拘束するに止まり、これによつて蒙る損害は送還の場合に比して比較的軽度であり、仮に退去強制令書発付が違法として取消されれば、その間の収容による損害の回復は、別の救済の方法によつて容易であるから、本件申立にはこの損害の発生を未然に防止する緊急の必要性があるとは到底いえない。(昭和三〇年五月九日東京高裁決定、行裁集六巻一二号三二四番参照)

前記身辺整理等の仮放免期間中その相当程度の進歩をみている上に、申立人が整理未了というもののなかには、当初より貸借関係等の存在しないもの、既に整理済のものを含んでいる(疎乙第六号証)ことからみても、直接本人によらなければ、収拾不能な段階にとどまつているとはいえず、収容の執行によつて些少の損害が発生したとしても回復困難な損害とは解されない。

三、申立人が仮に収容されても、面会、通信の自由を制限されることはない上に、申立人には、百数十名に及ぶ本訴代理人が選任されているので、適切な活動により本訴は充分に維持しうるものである。

疎明方法<省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例